ベトナム社会主義共和国の概要
ベトナム社会主義共和国は、東南アジアのインドシナ半島東部に位置し、ベトナム共産党による一党独裁体制下にある社会主義共和制国家です。南北に細長い国土を有し、首都を置き政治を司る北部のハノイ市、南部の経済都市ホーチミン市、中部の第3の都市ダナン市が3大都市を形成しています。
ベトナム戦争を経て1976年7月に南北が統一され、 全土にわたって社会主義体制へと移行した後、70~80年代にかけては西側諸国の経済封鎖などの影響もあって国内経済が低迷し、国民生活も困窮の度を深めました。しかし、1986年より「ドイモイ(刷新)政策」を導入し、中央集権的な計画経済から市場経済への移行に踏み出し、ASEAN諸国の中でも際立って経済発展を記録しています。
人口約1億人、平均年齢31歳と比較的に若年人口が多く勢いのある国であり、勤勉で優秀な労働者が多い国として知られています。アジアの経済大国中国、また、植民地時代のフランスや日本といった多様な文化に適応し、独自の躍進を見せる新興国ベトナムの最新事情を詳しく解説します。
基本データ
- 面積:33万1,690平方キロメートル
- 人口:9,270万人
地理・気候
ベトナムはインドシナ半島の東南端にあり、面積は約33万平方キロメートルです。日本の約0.88倍に相当。北方は中国に、西方はラオス・カンボジアに、東方は南シナ海に、南方はタイ湾に接しています。南北の長さは約1,650キロメートルに及び、地理的、風土的な特徴により、北部、中部、 南部の3つに分けられます。
ベトナムは南北で大きな違いがあり「政治の北、経済の南」と言われます。現在の首都ハノイがある北部は千年以上に渡って中国の支配下にあったので、政治経済的、文化的にも長期にわたって中国から強い影響を受けています。一方で、南部はアジアの海域に大きく開かれ、漁業のほかに海洋交易を行う港湾都市が発展し、北部のように他国に従属することなく自由な商業活動が繁栄してきました。
ベトナムは全体としては高温多雨で、熱帯モンスーン気候に属しています。しかし、南北に細長い国土のため、同じ時期でも地域によって気候は大きく異なります。北部は温帯モンスーン気候で四季がはっきりしている一方で、南部は熱帯気候で5月中旬から9月中旬までが雨季、10月中旬から3月中旬までが乾季です。
言語
公用語は87%を占めるキン族の母語であるベトナム語です。かつてベトナムの公用語は中国の影響を受けた漢文や漢字を応用した独自の文字チュノムでしたが、フランス植民地時代に、アルファベットとアクセント符号を併用しベトナム語の6声調を表記する「チュ・クオック・グー」が普及して現在に至ります。今でもベトナム語の6〜7割の言葉は漢字で表現できると言われている程、漢字由来の単語が多いです。また北部、中部、南部で方言があります。
政治体制
ベトナムの政治体制は根幹をマルクス・レーニン主義社会主義であるとし、共産党の指導性を定め、この党の指導性は民主集中の原則によって担保され、伝統的な共産党一党独裁の政治体制を維持しています。
ベトナム共産党は憲法で「国家と社会の指導勢力」と規定された唯一の合法政党であり最高意思決定機関です。共産党書記長は約500万人の党員の頂点に立つと同時に、国家権力の最高位に位置します。中国と同様に、5年に一度の共産党大会で次の権力構造が確定します。国家機関や大衆組織の指導的幹部は共産党員によりほぼ独占されており、党の影響力は極めて大きいです。
一党独裁ながら、独裁者を好まず権力分散とコンセンサス重視の指向が強く、集団指導体制が確立しています。その点は中国や北朝鮮などと明らかに異なります。国家の最高職位は”四柱”といわれる共産党書記長、国家主席(大統領)、首相、国会議長で、 この4首脳による集団指導体制によって安定した政権運営が保たれています。(現在は書記長が国家主席を兼務)
経済
ベトナムは中国と同様、共産党一党独裁体制を維持しつつ市場経済化を進めており、「東南アジアのミニ中国」とも言える経済システムを構築しています。
1986年のドイモイ政策による市場経済システムの導入以降から成果が現れはじめ、アジア経済危機(1997年)及び金融危機(2008年)の影響から、一時成長が鈍化した時期があったものの、1990年代及び2000年代は高成長を遂げ、2010年に低位中所得国となりました。2011年以降、マクロ経済安定化への取組に伴い、一時成長が鈍化したが、過去数年はASEAN域内でもトップクラスの成長率を達成(2015年6.68%、2016年6.21%、2017年6.81%、2018年7.08%、2019年7.02%)。数多くの自由貿易協定(FTA)の発効、ODAを活用したインフラ整備、低賃金の労働力を背景に、外資の製造業を誘致し、輸出主導型の経済成長を続けています。
2020年は、新型コロナ感染症の影響により10年ぶりの低水準の成長率となったが、近隣諸国がマイナス成長の中、ASEAN内で最も高い成長率を記録。2021年は新型コロナウイルスで荒廃した年の中で最も急速に成長している経済国の一つになると言われており、コロナ禍や米国の貿易政策による影響があるにもかかわらず、2021~2022年のGDP成長率は年+7.0%と予想されています。(英大手格付会社フィッチ)
一方で、多くの国で新型コロナ感染が拡大して封鎖措置が続いているため、サプライチェーンが寸断され企業の忍耐力が弱まっていることや、大国間の政治対立が不測のリスクをもたらす恐れがあること、経済成長が海外直接投資(FDI)に依存していること、生産原材料や技術の自国調達が不足していることなど問題も抱えます。
ベトナムの歴史
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938年
中国から独立・べトナム独立王朝の誕生。
ゴクエンが南漢軍を同江で撃退し、歴史上初めて中国からの独立を果たす。北属時代が終わりべトナム独立王朝時代が始まる。
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1802年
阮朝建国
阮福映がフランスの援助を受け、ベトナム最後の王朝である阮朝が建国される。中部のフエに都を置きベトナム南北を初めて統一。
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1884年
フランスの保護国化
第2次フエ条約で阮朝がベトナム全土がフランスの植民地となる。
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1945年9月
日本軍の仏印進駐・ホーチミン主席「ベトナム民主共和国」独立宣言。
日本軍が仏領インドシナのフランス軍を武装解除し、インドシナ半島を完全な支配下に収めた。8月に日本が無条件降伏。
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1946年12月
インドシナ戦争
ベトナム民主共和国がインドシナ支配権の回復を狙う旧宗主国フランスに対する独立戦争が始まる。
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1954年7月
ジュネーヴ休戦協定
ベトナムは北緯17度線で南北に分断され、17度線以北はベトナム民主共和国、以南はベトナム国となる。
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1965年2月
アメリカ軍による北爆開始
トンキン湾事件に対する報復を口実に米国ジョンソン大統領が北ベトナムへ最初の北爆を開始。
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1973年2月
パリ和平協定・米軍の撤退
ベトナム民主共和国、南ベトナム共和国臨時革命政府、アメリカ合衆国、ベトナム共和国が調印しベトナム戦争が終結。米軍はべトナムから撤退したが、政府軍と解放戦線の内戦はなおも続く。同年9月日本との外交関係樹立。
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1976年7月
南北統一・ベトナム社会主義共和国が成立
4月30日にサイゴンが陥落して南ベトナム政府が崩壊しベトナム戦争が終結。統一国家としてベトナム社会主義共和国が成立。
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1979年2月
中越戦争
文化大革命後の中国とベトナムが、カンボジア問題から対立し戦争に発展。
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1986年2月
ドイモイ政策
第6回党大会において市場経済システムの導入と対外開放化を柱としたドイモイ政策が採択され、市場経済を導入し始める。
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1995年7月
ASEAN加盟・米国との国交回復
ASEAN加盟は国際社会へ復帰する大きな転換点になった。以降、ASEAN諸国や国際社会との協調を重視した「全方位外交」を展開。また、ベトナム戦争から20年、アメリカ大統領クリントンがベトナムとの国交回復を発表。
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2007年1月
WTO正式加盟
1995年の加盟申請以来12年以上に及ぶ交渉を経て世界貿易機関(WTO)へ正式加盟。広範かつ包括的な市場開放や法制度整備が進み、外国投資と輸出の拡大が加速。ベトナム経済における外資企業のプレゼンスが拡大。
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2016年2月
TPP正式加盟
環太平洋パートナーシップ(TPP)に参加。WTOよりも高度かつ広範な義務を伴い、将来の自由貿易協定のモデル構築を狙う。
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